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2011年5月11日 (水)

一回目、松島。

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4月末、松島に行ってきました。

はじめは20才くらいからの飲み友達と話していて、
「東北ののんべえさんには酒が足りないに違いない!つまみと一緒に届けなくては!」
となり、そうだそうだ馬鹿は馬鹿にしか届けられないものがあるんじゃないか、と。

それから東北に行った人や、支援物資を届けた人たちに話を聞いてみたり、ネットを探ってみたり、情報収集をしていました。
しかし、調べれば調べるほど分かってきたことは、それどころじゃないってことでした。

その間にも、地震のちょっと前に取材で行った飯舘村が原発の影響で大変なことになっていきました。
それなら取材の時ラーメンおごってくれた役場のおじさんに、小さい恩返しでもしようかと思い、ダメもとで電話してみたら繋がりました。

おじさんは電話に出て「もうつかれちゃったよ」と言った後、いろんな話をしてくれました。
村の最高齢の102才のじいさまが、みんなに迷惑かけたくないと自殺してしまったこと。せっかく育ててきた牛のブランドが危機であること。毎日いろんな報道のチームが出入りしてること。

なんて返事をすればいいのか全然分からなくて、話をしながら自分のまぬけさをビシバシ感じていました。寿司でもくいたいなあと言ったので、それじゃあラーメンのお礼に持っていきますよ!と言ってみたものの「それよりも実際の現場を見てみろ、テレビとは全然違うぞ」という返事でした。

あの時、そんなこと言わないで下さい!持っていきますよ!!と言えばよかったのかもしれないと思うこともありますが、テレビとネットでしか何が起きたか知らないぼくにはおじさんの気持ちを想像することも全然できなくて、そうですか、なんてことしか言えなかった。

それから少しして、テレビを見ていたら松島の観光協会の人が出ていて、ホテルや船も復活してきたのでみなさん松島に観光に来て下さいね。なんてことを言っていた。

それを友達に話し、それじゃあ行くしかねえなと、観光協会のHPでホテルを調べて予約し行くことにしました。
行く時決めたルールは、しっかり何が起きたか見ることと、現地の迷惑かもって思ったらすぐに帰ろう、ということでした。

そして5時間くらい車にのって仙台へ。
到着する頃には、うす暗くなっていたのですが、ちょっと海の方行ってみるかと車を走らせると、一気に風景が変わり回りに何もなくなりました。
二人とも何を言えばいいか分からなくて言葉が激減しました。

暗くなったので宿に向かい、チェックインして車を置いて、メシを食いに町に出ました。

町は真っ暗で、開いてる店は地元の人の集まるお店かチェーン店の牛タン屋かのどっちかしかありませんでした。どうするか?と話したんですが、ここまで来てチェーン店に入るなら何しに来たんだかわからないよなってことで、小舟という店に入ると地元のおっちゃんとおぼしき人達が5人飲んでいるところでした。

店に入るなりおっちゃんから
「お前ら何しに来た?ボランティアか?」と聞かれ
「違います。来てみました」とまぬけな返事。
そしたら「そーかそーか、お前らよく見ておけよ」と。
そこからおっちゃん達にいろんな話し聞きながらメシ食いながらのんだ。

小舟って店は、瑞巌寺の住職や周りのおっちゃん達が、飲む場所が欲しいってことでみんなで片付けをバシッとやったので開店しているんだそうだ。
庭師さんや、なんかの社長や、放射線測定の仕事で神戸から来てる人やいろんな人がいた。

夕方からずっと飲んでたらしいおっちゃんがあらかた帰った後、お店のママが津波に流されかけた話しを聞かせてくれた。その話しは奇跡のような話しで、ママの生かされたという言葉には大げさなところなんかなんにも無かった。

松島に泊まることがあったら、ぜひ小舟に行くといいと思う。
ママはとてもいい人だし、話しも聞かせてくれると思う。

そしてその日は宿に帰って寝た。


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翌日は、瑞巌寺を見学し、松島さかな市場でお土産を買い込んでから出発。
魚市場にはいろいろ海産物があるので、行く機会があればお土産をいっぱい買えばいいと思う。

小舟に立ち寄って、ママと謎のオヤジと一緒に記念撮影。

そして前日、小舟でおっちゃんにこの道を行けと言われたルートを通って北上。

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ここからはもうぼくに書けることはほとんど無いと思う。
分かったことは、テレビや写真や文字に伝えられることは現実のほんの一部だってこと。

リアス式海岸の入り江の一つ一つにあったであろう集落はみんな壊滅してた。
これが福島から青森まで繋がっているなんて。

一緒に行った友達は寺の息子なんだが、お地蔵さんにお経みたいのを唱えていた。
祈るってことはこういうことなんだと思った。

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途中、自衛隊や土建屋さんが各地で着々と道を作っていた。
人間は負けっぱなしじゃないかもと思えた。

女川くらいまで北上したところで帰って来た。

どこが被害が酷くて死者が何人で、なんてことはなくて全部酷いってことなんだった。

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コメント

はじめまして。mog-chと申します。私は先月岩手県の大船渡市、陸前高田市、宮城県の気仙沼市へ支援物資を届けました。主に小さな避難所を回りました。果てしなく広範囲にどこも本当にひどい状況でした。現地での声は切実で身につまされる思いでした。今週末に支援物資を持って今度は宮城県気仙沼市から南下し届けます。松島も訪れる予定です。こちらのブログをみて松島の状況を少し感じることができました。

投稿: mogch | 2011年5月11日 (水) 03時03分

1回目は、東松島。
2回目は、山元町。
おれ、おまえとおなじ動きしてる。
複写がんばろー。

投稿: 森山伸也 | 2011年5月11日 (水) 10時52分

mogchさん
はじめまして。
できることは少ないですが、ちと頑張ってみているところです。

森山さん
すっかりぼくのファンですねえ。

投稿: ムネマー | 2011年5月24日 (火) 16時40分

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