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2010年11月

2010年11月27日 (土)

歴史ってやつ。

ニューヨークはいろんな古いものが残っていました。
建物、地下鉄、歩道、などなど。
それがおそらく地域によって違うスピードで更新されているから地域によって雰囲気が違うんじゃなかろうか。少しずつ新陳代謝がすすんでる感じがした。

東京はみんなにてる気がする。
古くてイカした建物ってあんまり思い浮かばないし、あっても点在。
京都や城みたいなものだと現代とはぶっ飛びすぎてて繋がっている印象がない。

木造建築と石やレンガの文化の違いだろうか、東京は台風も地震も火事も戦争もあったからだろうか。
詳しいことはよくわかんないけど、とにかく「歴史」ってこういうことなんだなと思いました。

それはアートについてもなんとなく感じました。

ぼくが今回行ったのは、チェルシーとソーホーとロウワーイーストのギャラリーいっぱいと、モマ、ニューミュージアム、ホイットニー、自然史博物館、グッゲンハイムの美術館や博物館。

美術館では近代から現代にむけて教科書で見たようなものからみたことないものまで、ギャラリーではまさに今現在作られている作品から80~90年代くらいの作品を見ることができた。

美術館ではなんだかんだあって印象派で、またごにょごにょあってキュビスムで、あーだこーだで抽象で、みたいな流れというか繋がりというかそんなものがあったように思う。
そしてそれはギャラリーへも繋がっていて、小さいギャラリーで新人さんがデビューしてだんだん箱が大きくなっていって作品も大掛かりに立派になっていく。
そこにはグラデーションがあって、自分の生まれる前からアートってもんが脈々と続いてたんだなあと実感できる。そんな気がした。

東京でいくら印象派や、キュビスムやなんかをみてもぶつ切りだし、やっぱりそれは外国の文化で自分と一続きに繋がっているとは感じられない。
でもキュレーターさんや専門家の方々は美術の歴史をふまえた上で、バーンと現代美術の展示をするので、やっぱり繋がっている感じがもてない。

まあ、これはぼくのごく個人的な感想なので他の人はどう思うか分かりませんがね。

でも日本でもいまから「歴史」を作ればいいんじゃないかと思う。
そこに行けば常設展で、クサマやムラカミやナラやそんな人たちの大作がドーンと見られるような美術館があったらいいのになーなんてことを思います。企画展が終わったらザーッとなくなっちゃうんじゃなくて。

ぼくの感じた歴史ってのはこんな感じでしたー。

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ぶっ壊れたSDカードによる写真です。
まあずいぶんアーティステックになっちまいました。

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2010年11月26日 (金)

写真の会は延期。

どうやら先日宣伝した写真会議は延期になったもようです。
次回開催が決まったらまたお知らせしたいと思います!

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2010年11月25日 (木)

かえりました。

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アメリカから無事に帰りました。
写真はあの有名なガゴシアンギャラリーです。
でかかったですよ。

出発前に買ったSDカードがいかれていたため、撮った写真はほとんどダメになってしまいましたが、生き残りの中の一枚です。

日本にいて本読んだりしながら、もしくは村上隆さんのツイッターとか読みながら日本とアメリカの、というか東京とニューヨークのアートってやつはきっと違うんだろうけど、何がどう違うんだろうかって思ってました。

まだあまり考えがまとまらないけど、行ってよかったと思います。
自分の目で見てみなきゃ分からないものってあるんだなと思いました。
そうだったのかーってのと、やっぱりなーって感想があります。

ざっくりとしては、アートは西洋に端を発する歴史のある文化なんだなってこと。
歴史ってことは繋がってるってこと。

だからぼくみたいな日本人があんまり勉強しないで、本とかささっと読んで分かった気になって自分もアーティストになれると思い込むっていうのは、アメリカ人とかインドネシア人とかケニア人とかまあどこでもいいけど、本とかささっと読んで「おれは歌舞伎役者になる」って言い張るようなサムさがあるんじゃないだろうか。これは舞子さんとかイタコさんでもいいけど。

そんなわけで、もしぼくがアーチストになりたいと思ったとしたら、外国の人が舞子さんになるにはどうするべきかってのと同じようなプロセスが必要なんじゃないかって思った。
たとえがあんまりうまいこといってないけど、自己表現だけで何とかなるなんて思春期的幻想なんだろうなー。
異文化に繋がろうと思ったら努力が必要。それに扉は完全には閉じられていない。

「歴史」とか「文化」を実感するような旅になるとは思ってなかった。
今までぼくは、うっすらとしかそういうものの存在を感じることはできませんでした。
東京にいるといろんなものが希薄に感じる。
そうか、これがスーパーフラットなのかー。なんつって。

そんなようなことを思いました。

あと、ぼくはいろいろあって落合多武さんの大ファンになりました。
ワタリウムの展示を見逃したことが残念でしかたありません。

これからもっと咀嚼してみよう。
ぜんぜん考えがまとまらないなあ。

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2010年11月18日 (木)

いってきます。

あしたから一週間くらいアメリカに行ってきます。
ギャラリーやら美術館やら、日本とどう違うのかいろいろ見学してきたいと思います。

そんなわけで一週間ほど仕事できません。
すんません。

この時期は安いみたいです。
飛行機と宿がついて10万円くらいからありました。

帰ってきたらブルータスの写真特集に登場します。
あと、ファットフォト編集部の下の72ギャラリーで、フォトブックの展示に参加します。鉄道写真のカリスマも参加のようなので、楽しみであります。

それでは一回り成長して帰ってくるように、元気に行ってきたいと思います。
ではー。

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2010年11月15日 (月)

写真の会。

学生時代、先輩や同級生や後輩が集まって自分の作品を見せて、意見を言い合うかいがありました。

最初はみんな誰かの作品に対して、ハッキリとした意見を言い議論をするということに馴れなくて、おそるそる、もしくは当たり障りのない意見ばかりの会でした。
その会の名前は、なるべください名前にしようということで「サザンカ」だった気がします。

あまり盛り上がらないその会をなんとか有意義なものにしようと話し合い、無理にでも刺激的な意見を発するようにしていきました。

その後いつの間にやらサザンカは下火になり、しばらくしてまた別の会に参加するようになりました。
それは「横浜写真会議」という名前で、そこには同世代のいろんな写真家の卵が集まっていました。
その場では、ぼくは暴走的にキツい意見を放つ役割を演じていました。

「その作品の自分で好きな部分はどこですか?」
から始まり、
「そんなの悪い言葉を使えば、オナニーじゃないですか」
「それを本気でおもしろいと思ってるんですか?」

などなど、いま思えば会を刺激的なものにするために必要以上に厳しい言葉を使っていた気がします。
あの時、生意気にもキツい言葉をぶつけてしまったみなさまごめんなさい。

誰のために厳しい言葉を使っていたんだろうかと、今は思っています。
キツすぎる言葉は言われた人にとって態度を硬化させコミュニケーションの芽をつぶすだけだし、自分自身にとっても他人の作品の短所を探しても反面教師になるわけでもなく改善案を示さず否定だけを続けるというのは生産的じゃなかったなと。

それにどんなに言葉を尽くしても改善できない作品ってもんがあるんです。きっと。
そういう場合、改善すべきは作品ではなく作者の姿勢だったりするんです。きっと。
って偉そうだな。。。

今はもっといい会にできたよなぁって思います。
まあ、そんなこんなで横浜写真会議もだんだんと動脈硬化を起こし「写真会議」と名前を変え再生を試みたのですがなくなってしまいました。

その後、都立大にあるテルメギャラリーで「テルメ会」という、また作品を持ち寄る会をやったりしてました。
http://munemas.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-7471.html
こっちはアットホームな飲み会みたいな集まりで、いまでも時々々やっています。

なんだかんだでずっと作品を持ち寄る会ってのをやってきたんです。
そうやってぼくは、いろんな作品を見せてもらってきました。

そして今月の終わり、横浜写真会議の参加者でもあった鈴木心くんが、件の「写真会議」を復活させるそうです。

Kaigi

http://twitter.com/photomeeting

横浜写真会議から5年くらいが経って、今はどんな会が出来上がるのか楽しみです。
写真作品を作っている若者や、あの時の参加者やいろんな人が気軽に遊びにくればいいなと思います。

もし参加したくて質問がある人は、なんでも聞いてください。心くんに。

いやあ、楽しみだなー。

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2010年11月 7日 (日)

ないんだって。

ニューヨークにはスミソニアン博物館ないんだって。
残念。

でも、自然史博物館というすばらしい博物館があるんだそうだ。
楽しみ。

6月にハリウッドに行った時、ロケの合間にグリフィス天文台に行った。
太陽系の星の展示物が上に並んでいて、星の下の体重計に乗るとその星の重力によって自分の体重がどう変化するかが表示された。

単純な仕掛けだけどおもしろかった。
日本の博物館ってなんか、お勉強というか無愛想な印象がある。
小学校の授業で行ってもぜんぜんおもしろくなかった記憶がある。

アメリカのいろんな展示を見てこよう。
勉強だ、勉強。
おもしろいもんが見られるといいなあ。

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2010年11月 5日 (金)

見学だ。

今月ちょいとニューヨークに行っていろいろ見学してきます。

モマ、PS1、ホイットニー、グッゲンハイム、スミソニアン、ガゴシアン、チーム、とかとか。
名前は聞いたことあるが実際はどんなとこなんだろうか。

楽しみだ。
いろいろ想像ばかりしているくらいなら、見に行ってみるのが一番いいもんねー。

セントラルパークと自由の女神はどんな感じだろうか。

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2010年11月 1日 (月)

大安吉日だった。

今年の3/19(大安吉日)にスカイフィッシュという写真集を出版させてもらいました。

2002年の3月にぼくの父は自殺をしてしまっているのですが、それ以来ごく時々墓参りに行くものの、行くたびに記憶の命日と実際の命日がずれていて、人間は嫌なことは忘れるってのは本当なんだなと思っていました。

8年間も記憶することを拒否していたわけです。
毎回墓参りに行って確認するたびに記憶が違っているもんだから、途中からは覚えることは諦めて、人間っておもしろいなあなんて思っていました。

なんだかんだあって写真集の発売が3月になった時、これはきっといい機会だと思って墓参りに行き命日を調べました。3月19日でした。
そして調べてみると大安吉日でした。

いまじゃあもう命日をちゃんと覚えています。
この前墓参りに行った時もバッチリでした。

写真の役割の多くが「残す」ことにあるとして、その残ったものが現実の要約でしかないならば、写真にとって大事なことは現実よりも記憶の方なんじゃないかしら、とかあんまり生産的じゃないことばかり考えちゃう秋の夜長です。

マクルーハン先生の本でももう一回読んでみっかなー。

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