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2010年9月

2010年9月19日 (日)

明日まで!

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明日でぼくは30才になります。
そしてTOKYO PHOTO 2010も明日まで。

赤々ブースはとてもいい展示なのでみなさま、ぜひ遊びにきてください!

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2010年9月17日 (金)

TOKYO PHOTO 2010

TOKYO PHOTO 2010が六本木ヒルズの40階 academyhills 40にて開催中であります。

ぼくは赤々舎のブースでのグループ展に参加しています。

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グループ展って楽しいです。

去年はお客として遊びに行ったのですが、まさか一年経って参加することになるとはね。
人生は分からないもんです。

赤々のブースではいろんな写真が見られます。
展示としてはなかなかうまくいったと思います。

みなさまぜひぜひ遊びにきてくださいねー。

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2010年9月12日 (日)

作文中。

9/17から始まる写真のアートフェアTOKYO PHOTO 2010に赤々のブースで参加するのでその準備をやっています。

そんで、スカイフィッシュについて簡単な説明文を書かねばならないので、ここで下書き&研磨したいと思います。
今日の昼間に友人と話し合いだいたいの形は見えているんですが。

「ぼくらは子供の頃、あらゆるものの名前を知らなかった。いまではいつの間にか、いろんなものの名前と意味を知っている。リンゴはリンゴとして、食べるものとして認識しているし、カメラはカメラという名前で写真を撮るものとして存在していると思っている。写真には、現実や動画と違い前後が無い、だからそこで何が起こったか写っているものが何であるのかは想像するしかない、というよりも想像する自由があるといった方が正しい。日々生きていると、いろんな物事には当然のように正しい名前と役割があるような先入観にとらわれているが、今ある全ての物の名前と役割は過去に、どこかの誰かが考えたものであり、それはちょっとしたことで揺らぐようなものなのではないだろうか。誤解も理解、という言葉が示すように世界には正しい姿など本当は存在しない。個々人の理解と誤解が、それぞれにそれぞれの世界のイメージを作り上げているだけだ。そこではスカイフィッシュの実在を信じてみることだって十分に可能だ。何から何まで他人が作り上げた世界なんて退屈じゃないか」
スカイフィッシュ=1995年に発見された謎の生物、もしくは物体。目では見ることができず、写真やビデオによってのみ姿を捉えることができる。現在はその存在は否定されている。


ううむ、ちと解りづらいしカタイか。

「写真には、現実や映画とは違い前後がありません。なので写真と別に説明がない限りは、その写ったものが何であるのか想像するしかありません、というよりも想像する自由があります。また、前後が欠落しているので目の前に見えたままのイメージとしてだけ出会うこともできます。本来、写真の前ではどんな解釈も自由なんです。
また、ぼくらは生まれた頃あらゆるものの名前を知りませんでした。しかし今では多くのものの名前と意味を知っています。リンゴはリンゴとして、カメラはカメラとして。ぼくらを囲むあらゆるものに名前があり、役割がある、そしてそれは当たり前のことのように思えます。日本に生まれて育ってきたぼくには出会うものほぼ全てに名前がついていることが当然でした、名前をつける機会といえば新生児かペットくらいのものです。しかし今ある名前というものは全て、いつかどこかで誰かが考えたものにすぎません。
スカイフィッシュは、いろんな物や出来事と初めて出会ったような感覚で接している作品です。世界とは、独立した正しい姿をもつ物ではなく、人それぞれの理解と誤解の総体なんだと思います。そこではスカイフィッシュが存在するんだ!と信じることだってきっとできるんです。その方が世界はおもしろくないですか?」
スカイフィッシュ=1995年に発見された謎の生物、もしくは物体。目では見ることができず、写真やビデオによってのみ姿を捉えることができる。現在はその存在は否定されている。

どっちの方向がいいかなあ?
とりあえず両方投げてみるかなー。

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2010年9月 7日 (火)

後輩さんたちへ。

8/25に母校である日本写真芸術専門学校(長い!)で特別講義をやりました。
赤々の姫野さんとデザイナの塚原くんと一緒に。

母校だし後輩だし、卒業して10年近く経った先輩はこうやって頑張っています、みんなも不安より希望をもって頑張ってみてくれ、といったようなことを一生懸命伝えました。
作品をつくって、これから同世代のライバルたちとしのぎを削っていく後輩たちに負けない秘訣も話しました。

特別講義ってのは教室の前に座って、マイクで語りかけます。だからもちろん返事はナシ。相づちもナシ。
なのでこの言葉は伝わっているんだろうかと不安になります。

けれど先日、学校から授業の出席表兼感想みたいのが送られてきて、ザッと読んでみると思いのほか大事な部分は伝わっていたようで、なれない授業もやってよかったなって思いました。

自分も学生時代はずいぶんつまんなそうに授業受けていたっけなあ、と思い出し苦笑い。

自分の作品を認める、一番大事な人間は自分だけ。
偉い人に認めてもらうことも重要だけど、自分が認められないものはやっててつまんなくなる。

自分大好きの罠に気をつける。
自分の作品を見てもらうことだけに集中しすぎると視野が狭くなるし、世の中には写真以外にもおもしろいものがたくさんあるので、いろんなものをしこたま見てそれから自分が一番好きなものを一度しっかり考えてみる。

他人と比べる。
自信の持てる作品ができたら、写真新世紀でもいいし他の公募展でも、世の中の写真集でもいいし美術館の展示でもいいから比べてみる。自分の作品のここは勝ってるってとこ探してみる。ようするに客観的に自分の作品を見る能力を養うってこと。

いろんな言い訳をせずにこれができれば、ある程度の結果は出るんじゃないかなあと先輩は思いますYO。

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